揺れやすい心シリーズ
- 第1回:私はまた揺れている。https://x.gd/fSwJd
- 第2回:仏教で学ぶ「揺れる心」と安らぎの考え方 https://x.gd/V18Zr
- 第4回:中道の生き方 https://x.gd/wfrm5
- 第5回:今を生きる https://x.gd/I8mSj
シリーズ第3回として、今日は「執着と心の揺れ」について考えてみたいと思います。
前回、私は調子の良い時には舞い上がり、逆境では落ち込み、心が大きく揺れてしまう自分について書きました。
その揺れの背景には、ある一つの原因があるのではないかと感じています。
それが「執着」です。
仏教では、苦しみの原因のひとつとして「執着」が説かれています。
何かに強くこだわること、
こうでなければいけないと思い込むこと、
それが心を縛り、揺れを生み出すのだと思います。
例えば、物事が順調に進んでいる時。
「このままうまくいってほしい」
「この状態を失いたくない」
そんな思いが強くなります。
でも、その思いはいつの間にか執着になります。
順調な状態に執着してしまうと、
少しでも崩れた時に大きく心が揺れる。
逆に、失敗した時や落ち込んだ時も、
「あの時こうすればよかった」
「なぜあんなことをしてしまったのか」
過去に対する執着が生まれます。
過去を変えることはできないのに、
そこに心を縛りつけてしまう。
すると、今の自分の心は重くなり、
安らぎから遠ざかってしまいます。
良い状態への執着。
悪い出来事への執着。
どちらも、心を揺らす原因になります。
仏教では、すべては移り変わるものだと説かれています。
順調な時も、
うまくいかない時も、
ずっと同じ状態は続きません。
それなのに、
良い状態を保とうとし、
悪い状態を避けようとしすぎると、
心は常に不安定になります。
本来は、
良い時は「良い時だな」と受け止め、
悪い時は「こういう時もある」と受け止める。
それだけでいいのかもしれません。
執着を手放すというのは、
何も望まないということではなく、
状況に心を縛られすぎないこと。
順調でも、舞い上がりすぎない。
逆境でも、自分を責めすぎない。
そういう心の在り方を、少しずつ身につけていきたいと思います。
まだ私は、すぐに執着してしまいます。
良いことがあればそのままでいてほしいと思い、
悪いことがあれば引きずってしまう。
でも、そのたびに気づければいい。
「ああ、今執着しているな」
そう気づくだけでも、少し心は離れます。
心が揺れる時、
その奥にある執着に目を向けてみる。
それが、安らぎの心に近づく一歩なのかもしれません。
次回は、執着と深く関わる仏教の考え方、
「中道」についても考えてみたいと思います。
揺れすぎず、固まりすぎず、
その間にある穏やかな心を目指して、
少しずつ歩いていきたいと思います。🌿
いつもありがとうございます。
続きはこちら → 第4回 中道の生き方 https://x.gd/wfrm5
