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第3回 執着と心の揺れ

 揺れやすい心シリーズ

シリーズ第3回として、今日は「執着と心の揺れ」について考えてみたいと思います。

前回、私は調子の良い時には舞い上がり、逆境では落ち込み、心が大きく揺れてしまう自分について書きました。
その揺れの背景には、ある一つの原因があるのではないかと感じています。

それが「執着」です。

仏教では、苦しみの原因のひとつとして「執着」が説かれています
何かに強くこだわること、
こうでなければいけないと思い込むこと、
それが心を縛り、揺れを生み出すのだと思います。

例えば、物事が順調に進んでいる時。
「このままうまくいってほしい」
「この状態を失いたくない」
そんな思いが強くなります。

でも、その思いはいつの間にか執着になります。

順調な状態に執着してしまうと、
少しでも崩れた時に大きく心が揺れる。

逆に、失敗した時や落ち込んだ時も、
「あの時こうすればよかった」
「なぜあんなことをしてしまったのか」

過去に対する執着が生まれます。

過去を変えることはできないのに、
そこに心を縛りつけてしまう。

すると、今の自分の心は重くなり、
安らぎから遠ざかってしまいます。

良い状態への執着。
悪い出来事への執着。

どちらも、心を揺らす原因になります。

仏教では、すべては移り変わるものだと説かれています。
順調な時も、
うまくいかない時も、
ずっと同じ状態は続きません。

それなのに、
良い状態を保とうとし、
悪い状態を避けようとしすぎると、
心は常に不安定になります。

本来は、
良い時は「良い時だな」と受け止め、
悪い時は「こういう時もある」と受け止める。

それだけでいいのかもしれません。

執着を手放すというのは、
何も望まないということではなく、
状況に心を縛られすぎないこと。

順調でも、舞い上がりすぎない。
逆境でも、自分を責めすぎない。

そういう心の在り方を、少しずつ身につけていきたいと思います。

まだ私は、すぐに執着してしまいます。
良いことがあればそのままでいてほしいと思い、
悪いことがあれば引きずってしまう。

でも、そのたびに気づければいい。

「ああ、今執着しているな」
そう気づくだけでも、少し心は離れます。

心が揺れる時、
その奥にある執着に目を向けてみる。

それが、安らぎの心に近づく一歩なのかもしれません。

次回は、執着と深く関わる仏教の考え方、
「中道」についても考えてみたいと思います。

揺れすぎず、固まりすぎず、
その間にある穏やかな心を目指して、
少しずつ歩いていきたいと思います。🌿

いつもありがとうございます。

続きはこちら → 第4回 中道の生き方 https://x.gd/wfrm5

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