はじめに
「あれ、おかしい」 そう思った瞬間には、もう手遅れでした。
視界がぐにゃりと歪み、部屋中の壁や天井が猛烈なスピードで回り始める――。 今から5年前、自宅で初めて経験したあの「回転性めまい」。 当時はしばらく横になっていれば治まりましたが、本当の恐怖はその後、修行に励んでいたお寺でやってきました。
今回は、更年期の入り口で私が経験した壮絶なめまいと、病院に運ばれるまでの葛藤についてお伝えします。
1. 5年前、最初の予兆は自宅で起きた
始まりは、日常の何気ない瞬間でした。 自宅にいたとき、急に世界が回り出し、立っていることもままならなくなったのです。
トイレにすら行けないほどの激しい回転。 その時は「しばらく休めば大丈夫」と自分に言い聞かせ、ベッドで横になっているうちに、なんとか落ち着きました。 今思えば、あれが体からの最初のサインだったのかもしれません。
2. 修行の地で、再び襲った恐怖
ところが後日、修行の最中にその時はやってきました。 再び部屋中がぐるぐると回り出し、またしても動けなくなってしまったのです。
「数時間休めば、また治るはず」 そう思って耐えていましたが、今回は違いました。何時間経っても、起き上がろうとするたびに激しい回転が襲ってきます。
場所はお寺という、日常とは切り離された空間。 なすすべもなく横たわっているしかない自分に、「このままどうなってしまうんだろう」という不安が押し寄せました。
3. 男性社会の中での孤独と「救急車」までの長い時間
当時のお寺は、私以外はほとんどが男性という環境でした。 更年期に伴う不調や、この「目に見えないつらさ」に慣れていなかったのかもしれません。
私がこれほど困り果てていても、なかなか救急車を呼ぶという判断には至りませんでした。 トイレにも行けず、ただただ苦しみに耐える数時間。 いつになっても呼ばれない救急車を待ちながら過ごした時間は、今振り返っても本当につらいものでした。
4. 修行僧たちの助けと、階段を越えて病院へ
最終的には救急車を呼んでもらえることになりましたが、そこからも一苦労でした。 お寺特有の、段数の多い階段。 自力で歩くことなど到底できない私を、男性の修行僧の方々がなんとか担いで運んでくれました。
呼んでもらうまでの時間は長く孤独でしたが、あの時、一生懸命に私を運んでくれた彼らの姿には、今でも心から感謝しています。
5. 診断名は「末梢性めまい」。点滴で救われた心身
病院に到着し、点滴を受けると、それまでの嵐が嘘のように体が楽になっていきました。
医師から告げられた診断名は**「末梢性めまい」**。 原因がはっきりし、お薬を出してもらったことで、ようやく心に平穏が戻りました。
まとめ:自分の体と対話していくこと
更年期の不調は、時として自分の努力や気合ではどうにもならない形でやってきます。 特に、自分と異なる世代や性別の方が多い環境では、そのつらさを理解してもらうことの難しさも痛感しました。
この経験は、東洋医学に携わる者としても、改めて「自分の体をもっと大切にしよう」と思わせてくれる大きな転機となりました。
※この時のお寺での「修行」そのものについては、また別の記事で詳しく綴りたいと思います。
