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夏の土用は「橋渡し」の季節 ― 治療家の尼僧が、脈の変わるこの時期に手当てしていること

目次

はじめに ― 治療家にとって、土用は特別な期間です

土用というと、多くの方は「土用の丑の日にうなぎを食べる日」を思い浮かべるかもしれません。

けれど私たち治療家にとって、土用は少し特別な意味を持つ期間です。

この時期になると、患者さんの脈の様子が変わってきます。すると自然と、鍼やお灸をする場所も、いつもとは変わってくる。同じ方の体でも、土用には土用の手当てがある。それくらい、体は季節の変わり目に正直に反応するのです。

今年(2026年)の夏の土用は、7月20日から8月6日まで。ちょうど明日から、土用入りです。丑の日は7月26日――今年は一度きりで、二の丑はありません。

夏の土用は、夏から秋へと体を渡していく、いわば橋渡しの期間です。橋の上を歩いているとき、人は足元が少し不安定になります。体も同じで、季節と季節のあいだ、つまり「変わり目」では、心身ともに揺れやすくなるのです。

この記事では、治療家として、そして更年期のただ中にいる一人の女性として、私がこの土用をどう過ごし、どう手当てしているかを、すべてお話しします。

東洋医学からみる土用 ― 「土」が司る、季節と季節のあいだ

東洋医学では、世界を木・火・土・金・水の五つの要素でとらえます(五行)。

春は木、夏は火、秋は金、冬は水。では「土」はどこにあるのか。 土は、それぞれの季節の変わり目――つまり土用に配されています。一年に四回、季節が移るたびに、土用がやってくるのです。

なかでも夏の土用は、火の勢いがきわまり、これから金(秋)へと移っていく節目。一年でいちばん暑く、体に負担のかかる橋渡しです。

そして「土」が司る臓腑は、脾(ひ)。 脾は、現代でいう消化器の働き全体を指します。食べたものを気・血・水に変えて全身に巡らせる、いわば体の「台所」です。

季節の変わり目に「土」と「脾」が深く関わるということは、つまり――土用は、脾(胃腸)がいちばん揺らぎやすい時期だということ。冷たいもので弱った胃腸が、ここで一気にこたえてくるのです。

この時期、体に出やすいこと

夏の土用に入ると、こんな不調が出やすくなります。

疲れがなかなか取れない。めまい、立ちくらみ。足のむくみ。食欲がわかない。お腹をくだしやすい。頭が重く、すっきりしない。

症状は人によってさまざまですが、これらの多くは、脾が弱り、体に余分な水分(湿)がたまることで起こります。夏本番の暑さで汗をかき、冷たいものをとり、胃腸が疲れきっている――その積み重ねが、橋渡しの時期に表に出てくるのです。

更年期のただ中にいる方は、ここにさらに重なるものがあります。 ただでさえ体が火照りやすく、寝つきも悪い。そこへ容赦ない暑さが追い打ちをかけ、汗はダラダラと流れる。何もやる気が起きない――。

正直に言えば、私自身がそうです。本当につらい季節です。でも、なんとかやり過ごしていかなければならない。だからこそ、無理をしない手当てが要るのです。

脾と「思い」― 考えすぎてしまうのは、心が弱いからではありません

ここで、東洋医学のとても大切な考え方をお伝えします。

五行では、それぞれの臓腑に「感情」が結びついていると考えます。そして脾に結びつく感情は、「思(おもい)」――つまり、考えること、思いめぐらすことです。

脾が弱ると、この「思い」が過剰になります。

色々なことを考えすぎてしまう。普段ならさらりと流せることを、何度も何度も頭の中で繰り返してしまう。将来への不安が、実際以上に大きく感じられる――。

土用に入って、急に気持ちが晴れなくなったり、考えごとが止まらなくなったりする方は、少なくありません。

ここで、どうか覚えておいてほしいのです。 それは、あなたの心が弱いからではありません。

季節の影響を、体がまっすぐ受けているのです。脾が弱れば思いが過剰になる――それは体のしくみであって、あなたの性格の問題ではない。 自分を責める必要は、まったくないのです。

養生 ― 「がんばらない」という手当て

では、この橋渡しの時期を、どう過ごせばいいのか。

いちばんの養生は、がんばりすぎないことです。

橋の上では、急いで走らない。手すりに手を添えて、ゆっくり渡る。土用の過ごし方も、それと同じです。

・できるだけ、冷たいものをとらない ・睡眠を、たっぷりとる ・食べるときは、よく噛む ・予定を詰め込みすぎず、自分自身をいたわる

どれも、当たり前のことのように見えるかもしれません。けれど、この当たり前を「いまは特に大切な時期なのだ」と意識して行うこと。それ自体が、立派な手当てなのです。

よく噛むことひとつとっても、弱った脾の負担をぐっと減らしてくれます。ひと口を、いつもより少しだけ長く噛む。それだけで、この時期の体はずいぶん楽になります。

食養生 ― お腹の「内なる火」を絶やさない

土用の食養生で、いちばん大切にしたいのは、お腹の「内なる火」を絶やさないということです。

脾胃は、食べたものを温めて消化する「火」を持っています。冷たいものは、この火を消してしまう。だからこそ、この時期は何を口にするかが、体を大きく左右します。

「う」のつくもの、青いもの、黒いもの 土用の丑の日の「うなぎ」「うどん」は、よく知られた習わしですね。それに加えて、夏には瓜(うり)類――きゅうり、冬瓜、すいか――を上手に取り入れましょう。瓜類は、体の余分な熱と水分を外に出してくれます。ただし、冷やしすぎには注意してください。冷蔵庫でキンキンに冷やすのではなく、常温に近づけて、量もほどほどに。

少しの「甘味」で脾を補う 「土」の季節である土用には、自然な甘味が脾を補ってくれます。かぼちゃ、さつまいも――こうした、やさしい甘みを持つ食材です。砂糖の甘さではなく、土の中で育った根菜の、ほっとする甘み。これが弱った脾の味方になります。

「冷」と「生」を控える そして、この時期いちばん気をつけたいのが、冷たいものと生のものです。 冷蔵庫から出したばかりの水、生野菜のサラダ――こうしたものは、土用の胃腸にとっては大敵です。できるだけ温かいもの、火を通したものを口にしてください。冷たい飲み物がほしいときも、ひと呼吸おいて、常温に戻してから。

暑い季節に「温かいものを」とは、少し意外に感じるかもしれません。けれど、外が暑いときこそ、お腹の中は冷えやすい。内なる火を守ることが、夏を乗り切る一番の知恵なのです。

仏教の眼差し ― 橋を渡るように、思いを手放す

最後に、仏門に身を置く者として、ひとつお話しさせてください。

脾が弱ると「思い」が過剰になる、とお伝えしました。考えすぎてしまう、同じことを何度も繰り返してしまう、不安が大きくふくらむ――。

これは、仏教でいうとらわれの姿に、とてもよく似ています。

私たちの苦しみの多くは、出来事そのものよりも、それを何度も握りしめ、こねまわす「思い」のほうから生まれます。一度きりの出来事を、頭の中で何十回も繰り返す。まだ起きてもいない先のことを、繰り返し案じる。そうして、ひとつの石を、いつのまにか大きな岩にしてしまうのです。

禅では、握りしめたものを手放すことを大切にします。 川の水が流れていくように、思いもまた、握りしめなければ、ひとりでに流れていく。止まって淀むのは、私たちが手で堰き止めているからかもしれません。

土用は、季節が私たちを次へと渡してくれる橋渡しの時期です。 無常――すべては移ろいゆく、という仏のおしえそのままに、夏は秋へと移っていく。その大きな流れの上で、私たちだけが踏ん張って、思いを握りしめている必要はないのです。

考えすぎてしまう自分に気づいたら、そっと手をひらいてみる。 お腹に手を当てて、ゆっくり息を吐く。 「いまは橋を渡っている途中なのだ」と、自分に言ってあげる。

それだけで、握りしめていた思いが、ほんの少しゆるむのを感じられるはずです。

おわりに ― 揺れて当たり前の季節を、いたわりながら

夏の土用は、体も心も揺れやすい、橋渡しの季節です。

脈が変わり、手当ての場所が変わるほどに、体は季節の変わり目を敏感に受けとめています。疲れが取れない、めまいがする、考えすぎてしまう――それは、あなたが弱いからではなく、季節をまっすぐ生きている証なのです。

だから、どうか自分を責めないでください。

冷たいものを少し控える。よく噛む。たっぷり眠る。お腹の内なる火を絶やさない。そして、握りしめた思いを、そっと手放す。

橋を渡りきれば、秋がやってきます。 それまでのあいだ、急がず、ゆっくり、自分の体に手を当てながら歩いていきましょう。

橋を渡った先――秋の心と体のお話は、また改めてお届けしますね。

あなたの土用が、おだやかな橋渡しになりますように。

合掌


この記事は私個人の体験と一般的な東洋医学の知識をご紹介するものであり、特定の治療法や効果を保証するものではありません。鍼灸治療をご希望の場合は、信頼できる鍼灸院にご相談ください。症状が強い場合や長引く場合は、医療機関の受診をおすすめします。

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